プロサイクリスト 伊藤雅和

愛三工業レーシング所属 伊藤雅和のブログ

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一輪車の話 3~地獄の練習~

投稿日:2020年6月29日 更新日:

僕が行っていた一輪車の地獄の練習を紹介します。

僕がロードレースを始めたきっかけは一輪車です。マウンテンバイクやBMXからロードバイクに乗り換えることはよくありますが、一輪車からは珍しいのではないかと思います。

過去に書いた一輪車の記事はこちらです。

↓↓

一輪車の話

一輪車の話 2

地獄の練習とはどんなことをするかというと一輪車、ランニング、水泳です。



まず一輪車を最初に走ります。
一輪車の車輪のサイズは24インチ、28インチとあります。
24インチが大会で走る時のサイズです。
28インチはスピードが出るので、大会が近くない時などはこちらで練習していました。
ちなみに一般的なママチャリと呼ばれる自転車の車輪のサイズは27インチです。
一輪車はフルマラソン、42.195kmを走る競技なので市山さんが練習で設定した距離は50kmでした。常に本番の2割増しで僕らに練習をさせてたみたいです。
そして雨でも練習はもちろんあります。雷が近くで落ちてた時も練習したことがあります。台風でもしたことがあります。
みんなが集合してからすぐに一輪車で50km走ります。
1.5kmのコースでしたのでそれを33周走ります。これが長くて全然終わりません。
そして毎周ラップタイムを言われるので常に全力です。
コースもアップダウンが激しく、カーブなども沢山あるため気が抜ける所がありません。
特に下りは自分の脚の回転数に気をつけながら、カーブの前にここらへんで減速しないと曲がれないだとか神経を使った走りになります。



ちなみに一輪車を走る時は両手を椅子の前の所に置きます。
これが上りだとかなり前傾姿勢になり、下りだと姿勢は比較的真っ直ぐになります。上りだと前傾姿勢になっても転ぶことはほとんどなくなりますし、その方が速いからです。下りは前傾姿勢をしすぎると転びます。でも後ろに体重をかけすぎても脚が回らないのでここは絶妙なポイントを探しながら走ります。
前傾姿勢になる時には椅子を手で軽く下に押します。
そして下りの時に減速する時は椅子の下側に指を回しておき椅子を上側に引きます。
水分補給などもマラソンと同じく立っている人からもらいます。
上りで飲み物を受け取り、止まらずに飲んでというような形でした。

一輪車を全力で約2時間半走ります。
終わったあとは脚が痙攣して立てないことも何度もありました。
このように走るとチームの皆が凄く誉めてくれて、タイムが速くなると凄く喜んでくれたので、とにかく僕らは真剣でした。


そのあとに少し食べ物を食べたりして休憩をして次はランニングです。
ランニングの距離は20kmが通常でした。
これがまた全然終わりません。一輪車で脚がガタガタなので全然走れないのです。
同じコースでやっていましたので、アップダウンが本当に無理でした。脚が痛すぎて、途中とか歩いていました。
天気が悪いとランニングはそこまで長い距離はやりませんでした。
ただランニングはこの一輪車のチームのメンバーと話しながら走れてた分、一輪車よりは少しキツくなかったと記憶してます。話しながら、励ましながら走れていた分一輪車よりは楽しかったんだと思います。
一輪車は自分との、ラップタイムとの戦いなので常に皆が1人で走り、常に全力でした。
ランニングに関しては距離をこなせればいいみたいな雰囲気があり、市山さんも厳しく僕らにタイムのことは言ってきませんでした。なので走っていて肉体的にはキツいのですが、気は楽でした。
小学生、中学校の僕らにとって20kmを走るというのはかなり時間がかかっていたので、今思えばよくずっと親たちは応援してくれたなと思います。
このランニングが終わった時の喜びが大きすぎて、解き放たれた快感がありすぎて、マラソンが始まってからほぼ歩いたり、軽いジョグで走っているのに、ゴールの前だけ猛ダッシュできてた記憶があります。



そして次にプールに向かい泳ぎを1.5km泳ぎます。
僕は泳ぎが得意ではなかったので、時間がかかりましたが、これは特にタイムとかも全く測られないし、マイペースで疲れないくらいで、休憩をいれながら泳いでいました。

これで練習が終わりです。
一輪車50km、ランニング20km、水泳1.5kmです。
これが毎週続き本当に土曜日、日曜日が地獄でした。
帰ってご飯を食べてからは泥のように眠りこけていたと思います。
サッカーの練習などもありましたので、午前中にサッカーの練習して、午後からこのようなことをこなすこともあり、今は絶対にできないと思います。子供の時の無限の体力がないと無理でした。

これだけ練習していると身体はどうなってくるでしょうか。
学校のマラソンで負けたことはありませんでした。
サッカーチームの長距離ランニングも負けたこと一度もありませんでした。
フルマラソンの全国大会で研くん1位、僕が2位になりました。
その後僕もフルマラソンで日本一なりました。
ハーフマラソンの日本新記録を出しました。
駅伝でも区間賞とりました。

となってきました。しかし自分の中ではこれだけやってるんだから、これぐらい結果がついてこないと気持ちがもたないという感覚でした。

これが小学校5年生から中学3年生まで続きました。

 

高校からは自転車だけをしていたので、一輪車は引退しました。
ちなみに大人になって一輪車を乗り始めた時があるのですが、短いクランクが予想以上に膝にダメージを与えたので短期間で辞めてしまいました。ずっと乗っていないと乗れなくなるものだなと思いました。



そしてなぜ僕が自転車を始めたかというと。

それは1つ上の研くんが高校から自転車を始めていて結果を出していたからです。
同じ高校に僕も入り、研くんのように一輪車から自転車に転向したのです。
これは決まった道のようなものでした。
市山さんが面倒をみてくれたのです。

これが僕が自転車を始めた理由です。
一輪車の頃から共に物凄くキツい練習をこなした研くんと同じ道に行ったからです。
僕は市山さんがいなかったら今の世界にいないのです。
自転車をしていなかったらどのように今生きていたか分かりませんが、今このように仕事として自転車できているのはあの頃のキツい練習があったからだと思います。
ちなみに高校が研くんと一緒になったということは市山さんとも同じ。つまりは高校でもキツいことをしました。これはまたの機会に書いていきたいと思います。

一輪車は間違いなく僕の中で最もキツい経験でした。ただこのキツくて厳しい経験が今でも様々なことに役立っていると思います。




これからロードレースを始めようとする子供さんは僕ほどストイックにやらなくて良いと思いますが、ペダリングの基礎になるものだと思うので、一輪車を取り組んでみても面白いと思います。

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